大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)5583号 判決

原告

中宮好郎

ほか一名

被告

朝陽タクシー株式会社

ほか二名

主文

一  被告ら三名は各自

(一)  原告中宮好郎に対し、金二、九〇一、五八〇円および内金二、六五一、六八〇円に対する昭和四四年九月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員

(二)  原告柴田光男に対し金一、三五五、〇〇〇円および内金一、二三五、〇〇〇円に対する昭和四四年九月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員

を各支払え。

二  原告両名のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告両名の負担としその余を被告三名の負担とする。

四  この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告三名は各自

(1) 原告中宮好郎に対し金八、六一二、七九〇円および内金七、六一二、七九〇円に対する昭和四四年九月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員

(2) 原告柴田光男に対し金二、五三五、〇〇〇円および内金二、二三五、〇〇〇円に対する右同日から支払済まで年五分の割合による金員

を各支払え。

(二)  訴訟費用は被告三名の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二請求原因

一  事故の発生

(一)  日時 昭和四三年五月一六日午後一〇時五〇分ごろ

(二)  場所 池田市豊島北町一丁目一番地先交差点

(三)  加害車(甲) 営業用普通乗用自動車(泉五あ三五六一号)

右運転者 訴外 登岸荘一郎

加害車(乙) 自家用普通乗用自動車(神戸五ゆ八一二九号)

右運転者 被告 名嘉真武弘

(四)  被害者 原告両名(加害車(甲)の乗客)

(五)  態様 南進中の加害車(甲)と西進中の加害車(乙)が右交差点にて出合頭に衝突した。

二  責任原因

(一)  朝陽タクシー株式会社の責任

(1) 運行供用者責任

被告朝陽タクシー株式会社(以下被告朝陽という)は加害車(甲)を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(2) 使用者責任

(イ) 訴外登岸は加害車(甲)を運転して本件交差点に差しかかつた際、一時停止の標識が設置されていたのであるから、これに従い一時停止し、左右道路からの車両の有無を確め、交通の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り漫然と進行した過失があつた。

(ロ) 被告朝陽は自己の営業のために登岸を雇用し、同人が被告朝陽の業務の執行として加害車(甲)を運転中事故を発生させた。

(二)  被告名嘉真武弘の一般不法行為責任

被告名嘉真は加害車(乙)を運転して本件交差点に差しかかつた際、同交差点は左右の見通が悪かつたのであるから、徐行して左右道路の交通の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と時速五〇粁で進行した過失があつた。

(三)  被告株式会社ウエズ商会の責任

(1) 運行供用者責任

被告株式会社ウエズ商会(以下被告ウエズ商会という)は加害車(乙)を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(2) 使用者責任

被告ウエズ商会は自己の営業のために被告名嘉真を雇用し、同人が被告ウエズ商会の業務の執行として加害車(乙)を運転中本件事故を発生させた。

三  損害

(一)  原告中宮好郎

1 受傷および治療経過、後遺症

(1) 傷害の内容

左前胸部挫傷、肋骨軟骨離開、左坐骨骨折、股部大腿部挫傷、右下腿挫傷、腰椎関節捻挫変形等の傷害を受けた。

(2) 治療および期間

昭和四三年五月一六日から同月三一日まで正井病院に入院して治療を受け、同年六月一日から同年九月一四日まで同病院および中村医院に通院して治療を受けた。

(3) 後遺症

腰椎に疼痛が残り、歩行、起座障害の後遺症がある。

2 刀剣損傷

原告中宮は事故当日、東京美術倶楽部内の全国美術刀剣会及び株式会社刀剣柴田から左記七振りの日本刀(以下本件刀剣という)を購入し、皮革製袋ケースに入れて加害車(甲)の前部坐席に持ち込んでいたところ、本件事故の際の衝撃で各刀剣共元(はばきもと)から左記のとおり約四五度ないし五〇度の角度でねじ曲り、地、鎬、棟にかけて碁盤状の筋が入り、刀剣にとつては致命的な損傷(修理を加えても尚且つ買入原価の二〇%の価格相当になつた)を蒙つたものである。

〈省略〉

合計 四、七七〇、〇〇〇円

3 療養関係費

正井病院の分 七〇、七四〇円

4 逸失利益 四二〇、〇〇〇円

(1) 職業および収入

原告中宮は阪急百貨店内において、中宮美術刀剣店を経営する刀剣商人であり、事故前年度の年収は二、五二八、三〇六円であつた。

(2) 逸失利益額

本件事故のために昭和四三年五月一六日から二ケ月間は全く就労することができず、その間四二〇、〇〇〇円の得べかりし利益を失つた。

5 慰藉料 一、五〇〇、〇〇〇円

前記傷害、後遺症のために甚大な苦痛を受けたものであり、その慰藉料は一、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

6 刀剣損害

(1) 刀剣売買によつて得べかりし利益損害 一、四三〇、〇〇〇円

前記本件刀剣買入原価の三〇%に当る 一、四三〇、〇〇〇円

(2) 刀剣修理代損害 三七六、〇五〇円

(3) 刀剣価値減少損害 三、八一六、〇〇〇円

本件刀剣買入原価の八〇%に当る 三、八一六、〇〇〇円

7 弁護士費用 一、〇〇〇、〇〇〇円

(二)  原告柴田光男

1 受傷および治療経過、後遺症

(1) 傷害の内容

頭部外傷、挫創、切創 右頸部捻挫、右下腿挫傷の傷害を受けた。

(2) 治療および期間

昭和四三年五月一六日から同月二九日まで正井病院に入院して治療を受け、その後、東京慈恵会医大附属病院に転院して三、四回通院治療を受けた。

(3) 後遺症

頭部外傷後遺症および眉間に長さ約五糎の切創痕が後遺している。

2 逸失利益 七三五、〇〇〇円

(1) 職業および収入

原告柴田は株式会社刀剣柴田の代表取締役社長であり、また刀剣類の鑑定人でもあり事故前年度の収入は四、四一〇、〇〇〇円であつた。

(2) 逸失利益額

原告柴田は本件事故のために昭和四三年五月一六日から二ケ月間は全く就労することができず、その間七三五、〇〇〇円の得べかりし利益を失つた。

3 慰藉料 一、五〇〇、〇〇〇円

前記傷害および後遺症のために甚大な苦痛を受けたものであり、その慰藉料は一、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

4 弁護士費用 三〇〇、〇〇〇円

四  本訴請求

よつて、原告中宮は被告ら三名に対し、前記三(一)の3ないし7の合計額金八、六一二、七九〇円および右金員から右三(一)の7の弁護士費用一、〇〇〇、〇〇〇円を控除した残額七、六一二、七九〇円に対する昭和四四年九月一〇日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金

原告柴田は被告ら三名に対し、前記三(二)の2ないし4の合計額二、五三五、〇〇〇円および右金員から右三(二)の4の弁護士費用三〇〇、〇〇〇円を控除した残額二、二三五、〇〇〇円に対する右同日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

第三被告らの答弁および主張

一  請求原因に対する答弁

(一)  請求原因一の事実は認める。

(二)  同二の事実のうち(一)の(1)および(2)の(ロ)の事実、ならびに(三)の(1)(2)の事実は認め、その余の事実は争う。

(三)  同三の事実はすべて不知。

本件刀剣の損傷は本件事故によるものではない。即ち本件刀剣の如く曲るためには、少くとも、刀剣に加わる力を受けとめる二ケ所の固定した支点の存在が必要であるところ、本件刀剣は寝かせてあつたか、立てかけてあつたか何れにしても前後左右への遊動自在の状態であつたから、本件事故の衝撃で飛ばされることがあつても曲損が生じることはない。

仮に本件刀剣が原告主張の如く本件事故の衝撃によつて損傷したとしても、本件刀剣のような高価な物を通常一般人が携帯し、あるいは身につけていることは一般に予想しうることではないから、本件刀剣の損害は通常損害ではなく、特別事情による特別損害であるところ、原告中宮は加害車(甲)の運転者に高価な刀剣であることを告知せず、ただ漫然と加害車(甲)の助手席に一見ゴルフバツグに見える皮袋に入れて無造作に持ち込んだものであるから、右の如き高価品の損害については、全く予見することは不可能であつたから、右損害は本件事故と相当因果関係がない。

二  被告らの主張

(一)  自賠法三条但書の免責の抗弁

1 被告朝陽

本件事故は被告名嘉真の一方的過失によるものであり加害車(甲)の運転手登岸は無過失であつた。また加害車(甲)には構造機能に欠陥障害はなかつた。

2 被告ウエズ商会

本件事故現場は南北に通ずる道路と東西に通ずる道路とが交差する信号機の設置されていない交差点であり、南北に通ずる道路には一旦停止の標識が設置されており、制限速度は四〇粁であるところ、加害車(甲)が一旦停止せず、制限速度を二五粁も超過して同交差点に進入した一方的過失によつて本件事故が発生したものであり、加害車(乙)の運転者、被告名嘉真には何ら過失はなかつた。

また加害車(乙)には機能上、構造上の欠陥障害もなかつた。

(二)  商法五七八条五八八条の免責の抗弁

原告中宮と被告朝陽との間においては、旅客運送契約が成立しており、本件刀剣は携帯手荷物で、その損害については右運送契約に基く損害賠償責任が発生するところ、本件刀剣は、その容積または重量の割に著しく高価な物品であり、商法五七八条の高価品に該当するものであるから、原告中宮は加害車(甲)の運転手登岸に刀剣であることおよびその価格が高価であること等を告知すべきであるのに一切告知していないので商法五七八条、同五九一条を適用して被告朝陽は本件刀剣損傷による損害賠償義務(契約責任および不法行為責任の両者共)を免責されるべきである。

また原告の刀剣損傷による賠償請求がかなりの期間を経てからなされているので、商法五八八条一項によつて免責される。

被告ウエズ商会、同名嘉真も右抗弁を援用する。

(三)  過失割合に基づく被告ウエズ商会同名嘉真の責任限定の抗弁

仮りに(甲)(乙)両車について共に不法行為責任が認められるとしても、(甲)車と(乙)車の過失割合は九対一であるから、求償関係の複雑化を避け紛争の一回的な解決をはかるためには、被告ウエズ商会同名嘉真の賠償責任を原告に対する関係でも全損害の一割に限定すべきである。

(四)  過失相殺の抗弁

仮りに被告らが本件刀剣の損傷について責任を負うとしても、前記のとおり、原告中宮においても、小衝撃で損傷する高価品である刀剣を運ぶについては、運転手にその旨告知するなり、高価品を運ぶに相当な保護用具を使用するなり、特別な運送機関に特別運送を依頼する等、それ相当な方法で保護する方法を講ずべきであるのに、これを怠り、漫然と一見ゴルフバツグ様の袋に入れ、加害車(甲)の助手席に持ち込んだものであり、その過失は大きい。また(甲)車の運転者登岸は事故現場附近の地理不案内であり、かつそのことを原告中宮に伝えてあつたところ、本件交差点は雑草のため標識が見えにくい状況であつたから、現場の地理を知つている原告中宮としては登岸に適切な指示を与えて登岸の注意を喚起すべきであつたのにこれをしなかつた落度がある。よつて、これらの点で過失相殺さるべきである。

第四被告らの主張に対する原告の答弁

被告らの主張事実はすべて争う。仮りに商法五七八条が不法行為責任に適用ありとしても、それは運送人の軽過失の場合に限るべきところ、本件刀剣の損傷は運送人の重過失によつて生じたものであるから、免責されない。

理由

第一事故の発生

請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

第二被告らの責任および免責の主張に対する判断

請求原因(二)の事実は、登岸の過失の点および被告名嘉真の過失の点を除き当事者間に争いがない。よつて両者の過失および免責の主張について判断する。

〔証拠略〕を総合すると、

一  本件事故現場は、東西に通ずる幅員六・六米の舗装道路(その両端はそれぞれ幅二米にわたり未舗装になつている。)と南北に通ずる幅員六・五米の舗装道路(その両端はそれぞれ幅二米にわたり舗装になつている)とが直角に交差する交通整理の行われていない交差点で、各角は角切りがなされ、南北道路には、右交差点手前に夜間でも読めるように螢光塗料を使用した一時停止標識が設置されており、東北角一帯には雑草が繁茂してやや見通しが悪い他は視界を妨げる物もなく見通しのよい交差点であること。また事故当時、現場付近一帯には街路灯もなく真暗であり、同交差点を走行する車両はなかつたこと。

二  加害車(甲)運転者登岸は、前照灯を下向けに点灯していたので照射距離は前方約四〇ないし五〇米先までしかない状態のままで時速六〇ないし七〇粁の速度で前記南北道路を南進したが、同交差点の存在および一時停止標識に気ずかずそのままの速度で同交差点手前一七米付近にさしかかつたとき、後部座席にいた乗客原告中宮の「危い」という声をきいて左方向を見たところ、東西道路を西進して来る加害者(乙)の前照灯を発見したが、ブレーキをかける間もなく交差点中央附近で加害車(甲)の左側部と加害車(乙)の前部とが、衝突し、加害車(甲)は左補助席ドアーを中破して衝突地点より南へ約二二・六米の南北道路西端に西向きになつて停つたこと。

三  加害車(乙)運転者被告名嘉真は、前照灯を下向けにして時速五〇粁の速度で前記東西道路を西進し、同交差点手前二〇米付近で交差点に向つて南進して来る加害車(甲)の前照灯を発見したが、南北道路には交差点手前に一時停止の標識があるので加害車(甲)は一時停止するものと思い、アクセルから足を離しただけで進行を続けたところ、交差点直前になつても加害車(甲)が一時停止せずに依然高速度で進行して来るのを見て、あわてて急制動をかけたがまにあわず、ブレーキ痕八・四五米を残し、前記のとおり両車が衝突し加害車(乙)は右前照灯付近を中破して衝突地点から八米南側の交差点西南角の所に一回転して北方向を向いて停止したこと。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、登岸には交差点に進入するにあたり、前方を注視して、交差点の存在および一時停止の標識が設置されていることを確認し、交差点手前で一時停止して左右道路からの車両の進行の安全を確認したうえで交差点に進入すべき注意義務があるのに、これを怠り制限速度(四〇粁)を二〇ないし三〇粁も超過して漫然進入した過失が認められる。

また右認定事実によれば、被告名嘉真においても、交差点手前二〇米付近で交差点に向つて南進して来る加害車(甲)の前照灯を発見したのであるから、或は(甲)車が一時停止標識を見落して交差点へ進入するかも知れないことを予見して、直ちに減速徐行した上で交差点に進入すべき注意義務があるのに、これを怠り、加害者(甲)が一時停止するであろうと軽信して漫然、時速五〇粁のまま進入した過失があつたものと認められる。

よつて被告朝陽および同ウエズ商会の免責の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから、被告ウエズ商会は運行供用者として自賠法三条に基き、また被告名嘉真の使用者として民法七一五条に基き、被告朝陽は運行供用者として自賠法三条に基き、また登岸の使用者として民法七一五条に基き、被告名嘉真は民法七〇九条に基き連帯して原告両名の本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。なお、被告ウエズ商会同名嘉真は(甲)(乙)両車の過失割合に対応して賠償責任を限定すべきであると主張するが(被告らの主張(三)の抗弁)、本件は共同不法行為であり原告に対する関係では被告ら各自が損害の全部について賠償責任を負担すべきものであるから、右主張は採用することができない。

第三損害

一  原告中宮

(一)  受傷

〔証拠略〕を総合すると左の事実が認められる。

1 傷害の内容

原告中宮主張のとおり。

2 治療および期間

昭和四三年五月一六日から同月三一日まで正井病院に入院して治療を受け、同年六月一日から同月二四日まで同病院に通院し同年七月八日から同年八月五日まで中村医院に通院し、各治療を受けた。

3 後遺症

時々腰痛ある程度。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  刀剣損傷

〔証拠略〕を総合すると、原告中宮は同人の父中宮敬堂と原告柴田の三人で新大阪駅より加害車(甲)に乗車(三人共後部座席へ)し、その際所携の本件刀剣七振と他に短刀三振の合計一〇振の刀剣を、長さ約一・三米の刀剣持ち運び専用の特製皮製バツグ(ゴルフバツグ様の外観のもの)に入れて、同車助手席に持ち込んだこと。原告らは同車の助手席に原告らの旅行用カバンをおき、原告中宮はその前に前記バツグを助手席左側ドアにもたせかけるように傾けて立てかけたこと。本件刀剣は事故後請求原因三(一)2のように損傷していたこと。以上の事実が認められる。〔証拠略〕中、本件刀剣を助手席に横にして乗せていたとの供述部分は、本件加害車(甲)の車幅が一・五五米であり、そのうち運転席は少くともその半分を占めるのであるから、本件刀剣およびバツグの長さからして、刀剣を横にして助手席に乗せることは到底不可能であつて措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

次に本件刀剣七振が本件事故によつて曲つたものか否かにつき判断するに前示認定のとおり本件刀剣は助手席の前に助手席ドアーに傾けて立てかけていたものであるから、一点は助手席横ドアーの部分が支点となつていたものであるが、その両支点とも完全に固定されたものではなく、遊動状態にあつたことは明らかである。そこで被告らが主張するとおり、本件刀剣が前示認定の如く曲るためには少くとも衝撃力を受けとめる固定された二支点の存在が必要であり、本件においてはそれがないから衝撃によつてとばされることがあつても曲ることはないという反論には一理あるけれども、力学的(運動方程式)にみて、衝撃を受けとめる二支点の固定度が大きければ物体に対し衝撃力の加わる時間が短くなるために衝撃力は大きくなるが、二支点の固定度が少い程、物体に対し衝撃力の加わる時間が長くなり、衝撃力が小さくなるにすぎず、二支点が完全に固定しなければ衝撃留が加えられないとは言えない。

本件の場合刀剣の二支点の固定度は刀剣の荷重および刀剣と接触面との状態(最大静止摩擦)によつて定まるところ、本件刀剣は相当の重量があり、傾けて立てかけていたために加害車(甲)の床面のみでなく助手席横ドアーとの接触面にも相当の荷重がかかり、完全固定状態と比べれば衝突による衝撃力は相当減少されるが、その支点の固定度から考えていまだ、相当の衝撃力を受け得ることが推認される。そして本件事故による衝撃力の大きさは、前示認定のとおり加害車(甲)および加害車(乙)の衝突時における速度および衝突後の両の停車位置および両車の破損状況等に照して、相当強烈なものであつたと認められるので、本件刀剣は本件衝突事故の衝撃により前示のとおり損傷したものであると認められる。

(三)  損害額

1 療養関係費

正井病院の分 金七〇、七四〇円

〔証拠略〕

2 逸失利益

(1) 職業および収入

〔証拠略〕を総合すると、原告中宮は大阪阪急百貨店六階において中宮美術刀剣店を経営する刀剣商人であり、事故前年度の年収(税務申告所得額)は金二、五二八、三〇六円であつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) 休業損害 四二〇、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば原告中宮は本件事故によつて前示認定のとおり、入・通院して治療を受けていた間、全く就労することができなかつたので同人の父中宮敬堂に右店の経営をまかせていたことが認められるところ、原告中宮は前認定のとおり少くとも事故後二ケ月間は全く就労できなかつたのであるから、前年度の年収の二ケ月相当分の減収が発生したであろうことが推認されうるので、その間金四二〇、〇〇〇円の得べかりし利益を失つたものと認めるのが相当である。

3 慰藉料 五〇〇、〇〇〇円

前示認定の原告中宮の受傷の部位、程度、治療経過および後遺症の程度および原告中宮が事故後二ケ月以後の逸失利益を請求していない事実等諸般の事情を考慮すると、原告中宮の本件事故による慰藉料は金五〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

4 物損 一、六六〇、八四〇円

(1) 刀剣損傷と相当因果関係

被告らは本件刀剣は高価品であり、普通一般人が携帯し或いは身につけていることが一般に予想されうる物ではないから、これについての損害は通常の損害ではなく、特別事情による損害であり、加害車(甲)運転者登岸において予見することができなかつた損害であり、本件事故と相当因果関係がないと反論するので、この点について判断するに、予見可能性の有無については債務不履行の場合には債務者の主観的事情が重視されるけれども、不法行為の場合においては客観的に見て公平の原理により発生した損害を加害者に賠償させることが妥当か否かの観点から判定すべきであるところ、現在の交通機関の利用状況からみれば、後記認定の価格程度の物品を携帯してタクシーに乗車することは必ずしも異常な事態ではないから、本件刀剣の損傷による損害については本件事故と相当因果関係の範囲内にあるものと認めるのが相当である。

(2) 商法五七八条、五八八条の適用の有無について

原告中宮と被告朝陽間の旅客運送契約の成立については、原告中宮においても明らかに争わないので自白したものとみなされるところ、本件刀剣は原告中宮の携帯手荷物でその損傷によつて運送契約に基く損害賠償請求権が発生しており、また本件事故によつて不法行為に基く損害賠償請求権も発生しているものである。そして両請求権は元来法律要件を異にする別個の請求権であるから右両請求権は競合して成立する(最判昭和三八年一一月五日民集一七巻一一号一五一〇頁)ものと解するのが相当であるところ、右両請求権のいずれを選択行使するかは債権者の自由意思に委ねられているものであり、また不法行為による被害者の保護の見地からしても、不法行為に基く損害賠償請求については商法五七八条の類推適用がないものと解するのが相当である(大判大正一五年二月二三日民集五巻一〇八頁)。そして、商法五八八条の類推適用についても右同様消極に解すべきである。そうすると、原告中宮において不法行為に基く損害賠償請求権を選択行使している以上、被告らの商法五七八条五八八条による免責の主張はその余の点について判断するまでもなく失当である。

(3) 刀剣売買利益損害

原告中宮において本件刀剣七振りが損傷を受けたことは前示認定のとおりであるが、その刀剣を他に売却することによつて得る利益は、特別事情による損害に該当するものであるところ、その売買利損害についてまで、公平の原理のもと客観的にみて予見することは不可能であつたと推認されうるので、本件事故と相当因果関係にある損害とは認められない。

(4) 刀剣修理代損害 三七六、〇五〇円

〔証拠略〕によれば本件刀剣七振の修理代金は後記(5)の表の修理費欄のとおり三八九、五〇〇円であつて、原告中宮の請求金額三七六、〇五〇円を下ることが認められる。

(5) 刀剣価値減少損害 一、七〇〇、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、本件刀剣七振りの損傷前の価値、修理後の価値等は左記表のとおりであり本件刀剣七振の価値減少による損害額は合計一、七〇〇、〇〇〇円であることが認められ、右認定事実を覆すに足りる証拠はない。

〈省略〉

(6) 過失相殺

前示認定の事実および前掲証拠によれば、本件刀剣七振りは美術品として価値が高いことが認められるところ、原告中宮においては、これを専門的に取扱う職業柄刀剣類はわずかな衝撃によつて微妙に損傷し、またわずかな損傷がその価値を大きく損うものであることを熟知していた筈であるから、本件刀剣の持ち運びについては運者にその旨を告知して運転につき特に注意をさせるなり、損傷しないような保護用具を使用するなり、あるいは自分で持ちささえる等の相当な注意をすべき義務があるのに、これを怠り、漫然と助手席に立てかけていた過失があつたものであり、それがために本件刀剣損害額を拡大させたものと認められる。そしてその過失割合は、本件刀剣損害の二割相当と認められる。なお被告らは、原告中宮が(甲)車の運転者に対し現場の地理等につき適切な指示を与えなかつたことが同原告の過失である旨主張するが、同原告は右のような注意義務があつたことを認めるに足る証拠がないから、右主張は採用することができない。

5 弁護士費用 二五〇、〇〇〇円

本件事案の難易、審理の経過、前記認容額等本訴に現われた一切の事情に照すと原告中宮が本件事故と相当因果関係にある損害として被告らに賠償を求めうる弁護士費用の額は二五〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

二  原告柴田

(一)  受傷

〔証拠略〕を総合すると、原告柴田主張のとおりの傷害の内容、治療経過に関する事実が認められ、後遺症については認めるに足りる証拠がなく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  損害額

1 逸失利益

(1) 職業および収入

〔証拠略〕を総合すると、原告柴田は株式会社柴田の代表取締役社長であり、また刀剣類の鑑定人でもあり、事故前年度中の年収(税務申告所得額)は四、四一三、〇六六円であつたことが認められ他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) 休業損害 七三五、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば原告柴田は本件事故によつて前示認定のとおり入、通院して治療を受けていた間、全く就労することができなかつたことおよび事故後二ケ月は株式会社柴田より給与等の支給を受けていなかつたことが認められるところ、原告柴田は、少くとも事故後二ケ月間は全く就労することができず、前年度の年収の二ケ月相当分の減収が発生したであろうことが推認されうるのでその間、金七三五、〇〇〇円の得べかりし利益を失つたものと認めるのが相当である。

2 慰藉料 五〇〇、〇〇〇円

前示認定の原告柴田の受傷の部位、程度、治療経過および後遺症の程度および同原告が事故後二ケ月以後の逸失利益を請求していない事実等諸般の事情を考慮すると同原告の本件事故による慰藉料は金五〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

3 弁護士費用 一二〇、〇〇〇円

本件事案の難易、審理の経過、前記認容額等本訴に現われた一切の事情に照すと原告柴田が本件事故と相当因果関係にある損害として被告らに賠償を求めうる弁護士費用の額は金一二〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

第四結論

よつて、被告らは各自

原告中宮に対し、第三の一の(三)の合計額金二、九〇一、五八〇円および右金員のうち弁護士費用を控除した内金二、六五一、六八〇円に対する本件不法行為の日の後であること記録上明らかな昭和四四年九月一〇日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金、

原告柴田に対し第三の二の(二)の合計額金一、三五五、〇〇〇円および右金員のうち弁護士費用を控除した内金一、二三五、〇〇〇円に対する本件不法行為の日の後であること記録上明らかな昭和四四年九月一〇日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金

を各支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるので認容し、原告らのその余の請求はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村正策 鈴木純雄 中辻孝夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例